MIRAGE GALLERY | Photosymposium Asia
296
archive,tag,tag-photosymposium-asia,tag-296,ajax_fade,page_not_loaded,,select-theme-ver-3.8.1,wpb-js-composer js-comp-ver-5.1.1,vc_responsive

Photosymposium Asiaで見聞きしたこと・話したこと

5月19日から21日にかけてマレーシア、クアラルンプールで開催された写真の教育をめぐるシンポジウムに参加してきました。 現在、日本では新しいギャラリーの立ち上げ準備中、また六甲山国際写真祭2017の準備を進めながらとバタバタとした中での訪問でした。僕としては写真教育、特に「写真家」という「職」にありつくために日本の(総意としての?)写真家達がどのような意識をもち、知恵をたくわえ、時間やお金を使うべきか、という根本的な問いかけに対して解を得るために訪れました。 3月4月とRAIECが行なった写真家意識調査についてもいろいろ話す予定で資料を作っていったのですが、データの解析方法についてある程度国際的なコンセンサスが得られた方がいいのかな、という思いもあり、多変量解析のような手法はとどめおいて、表層的な事項のみでトークを用意していました。 主催は六甲山国際写真祭でもおなじみのKuala Lumpur Photo Awardの主宰Steven Lee氏。6カ国8名の講師を迎えてのアジア初の試みだったと思いますが、いろいろ面白い知見が得られました。 まず、写真歴史研究の立場から東南アジアの150年にわたる写真史をまとめたWubin氏。この研究は英語で522ページにわたる書籍に図録入りでまとめられており、東南アジアの複雑な国家形成のプロセスをも追従しつつ、不幸な歴史をたどったカンボジアやベトナム、フィリピンなどの国家とその国々が擁した素晴らしい写真家達を縦断的に取り上げた研究ですが、1時間という時間では物足りないくらい面白い話でした。もちろん、日本軍のアジア諸国への侵攻や植民地化も写真に大きな影響を与えており、書物の中にはかなり詳しく記述があるようです。 また、写真家という職業単位において、どういう教育プロセスが作品作りやキャリア形成にどういう影響を与えたか、という視点で、フィリピン出身の写真家、エジプト出身の写真家がそれぞれの半生を作品とともに紹介してくれました。教育のみならず、事件や身の回りに起こった出来事が契機となって作品がどんどん変化していく、というプロセスの経過観察は、日本の写真家にとっても観察すべきことだと感じられました。特に、事件事故への興味、社会の変節、個人の暮らしの変化などについて、そこに重点的に意識を投入することでテーマやストーリーと向き合っている写真家は日本でも成功し始めています。その意識改革は、決して簡単なことではありませんが、とても大切なことだと実感することができたのは何より収穫だったと思います。 あと、東南アジアと環太平洋の写真集アーカイブを持つオーストラリア人の話も興味深いものでした。彼の話も、先に書いたWubin氏と同様、大学レベルの研究のプロセスで膨大な素材を分析し、分析結果から何らかの指導や教育を写真家達に提供していく、という知の共有に携わっています。誰もがそのアーカイブにアクセスでき、こちらが欲しいと要求すれば、送料程度の資金でアーカイブの一部を取り寄せることすら可能だといいます。日本国内にこういったことのできる機関があるのかは僕はしりませんが、蓄えた知を惜しげもなく教育に使える考えというのはとても大切なことだと感じました。 Angkor Photo Festivalの実行委員会の要で長年活躍したスタッフのJessica Lim氏は、シンポジウムの内容が理想論や専門知識のみへ傾倒しないように釘を刺しつつ、実際的で有用な情報を網羅することの大切さを説明してくれました。たとえば、アジアでは高等教育や写真の専門教育がなくても写真家への到達は可能であり、いかに有益で生きた情報を相手に伝えるかで解決できるのではないかという意見がありました。確かに現代は情報へのアクセスはどこの国にもさほど時間差や地域差はなく、ある程度語学ができれば知識や方法は手に入れられるのです。これは認めざるを得ませんが、日本ではどうでしょう。 僕は日本の写真教育について、専門機関の少なさや専門家・専門家外のワークショップが乱立するというような状況のなか(そもそも専門家とは誰か?という問いも含めて)、写真家がなんとかチャンスを掴もうといろいろなワークショップやレビューに参加する様子を、I am Stevenという絵巻にまとめて、先に行なったアンケートを使いながら説明を試みました。専門機関での教育は必要か?幼少時からの美術教育は必要か?レビューやワークショップの専門性や権威づけの担保はどう進めるべきか?カメラやレンズを欲しくなる写真家に対して、プリントを買ってごらんよ、とどう伝えればいいのか?などといった問いに対して、アンケートの結果を当てながら参加者や専門家達の意見を取りまとめる、という目的があったのですが、日本のような一般教育や写真水準の高い国が写真専門の教育機関が限られていることへの驚きや、成果を作りたいと考える写真家達の涙ぐましい努力については、数多くの意見をもらい活発に議論することができました。もっとも、マレーシアやシンガポールの参加者が多かった中で、日本から参加した参加者の皆さんの意見の中には語学に対する苦手意識があるとなかなか世界に踏み出せないのではないかとの意見があり、講師陣が考えさせられる一幕もありました。 Mirage Galleryで今後行うワークショップの中にそれらの議論内容が反映されると思いますが、さて、「写真教育に関するシンポジウム」というシンポジウム自体が国内で成立しうるかどうか、誰がやるべきか、などといったもやもやとした気持ちもまた生まれてきた3日間でした。...