MIRAGE GALLERY | Mirage Gallery
303
archive,tag,tag-mirage-gallery,tag-303,ajax_fade,page_not_loaded,,select-theme-ver-3.8.1,wpb-js-composer js-comp-ver-5.1.1,vc_responsive

Mirage Gallery始動!

去る6月24日にMirage Galleryが無事始動しました。Gallery TANTO TEMPOのオリジナルギャラリーが神戸市中央区栄町通に開設されたのが2008年5月、海岸通のセカンドギャラリーに移動したのが2011年秋ですから、今度が3度目の開設ということになります。3度目の正直、となるかどうか、楽しみに頑張っていきたいと思います。思えばその間、ギャラリーの役割を作家やコレクターとの関わりのなかで考える機会に恵まれもしたし、六甲山国際写真祭などという大それたプロジェクトを主宰するなど、写真家の機会創生に走り回ったり、写真の評価システムに参加したり、アート教育への立場を表明する機会も得たと思います。ただ、僕自身は写真の世界ではまだ何もなし得ていないちっぽけな存在だと思っています。写真界の大きな人たちとは以前よりはお付き合いはしていますが、まだ近づくことに逡巡してしまいます。まとまった考えも、どうやったら9年前のささやかな夢に近づけるのかも、まだ日々考えているような状態です。もう随分と前からアートや写真に関する本を書こうといろいろ書き進めてはいるものの、コレクターとなってからギャラリー開設、写真祭を主催して10年余の活動を経てもそれがどういう書になるかは僕自身わからないのです。ただ、3つのギャラリーを立ち上げてきたことを考えると、ギャラリー運営に必要なことぐらいは理解しているので、まあ無事に立ち上がったということだと安堵しています。 写真の世界は、僕なんかが何かしなくても回り続けるでしょうし、実際、誰かが何かをすることで写真が何か特別な変化をきたすことはこの国では今の所はなさそうです。写真とは、多数の考えの表出を大雑把にメディアの種類でまとめたただのグループ名みたいなもので、そう考えると僕たちが暮らしの中で特別なルールやしきたりや制度に縛られはするもののなんとか生きていけることとほぼ同じです。どんなにがんばってもうまくいかない人がいる一方、特別上手ではなくても大きな成果が出るような活動もあるだろうし、誰かがくっつくことで躍進するような現実もあり、実力以外にも運やいわゆる不公平な世界を含んでいたり、一方で真面目にコツコツとやっているそこそこの写真家を封殺するほど悪辣な環境でもない、そんな普通の社会のようなものなのかもしれません。実態を知りたいと画策しても、実は実体なんてどこにもないような、少し諦観に近い感覚を覚えることもあるこの頃です。 しかし、ISのテロやトランプ大統領の登場、国内・海外の政治や国際関係に垣間見えるある種のまやかしなど、僕たちの住んでいる時代のこの世界は急激に変質しています。より良い社会にしたい、という大多数の人類に対して、従来の社会制度そのものに疑問を投げかかる考え方やグループが増えながら、おそらくこの傾向は強まるばかりです。より良い社会にしたいと頑張って来た現在までの善良な市民が、実は嘘やまやかしには目をつぶってきたとあっては、そんな制度に搾取されてきた市民としては黙ってはいられない、ということでもありますが、誰でも、その個人、所属する団体・グループの思惑を優先して好きなようにしていけばいい、みんなそうなんだから、という傾向がどんどん強くなってきているということなのだろうと思います。アートも同じように見えます。結果として、僕たちは不安定で拠り所のない、何を基準に生きていけばいいのかさえわからない、そんな現代に生きているのです。その不安を取り除いて、さらに良い世界にしよう!という叫びもあるにはあるのでしょうが、果たしてその叫びはこの国でうねりになるのでしょうか。 それでは写真はどこに向かえばいいのか。何を撮せばいいのか。その問いに対して、僕に言えることがあるとすれば、それはしっかり社会の動きを観察しなさい、自分が感じる不安を写しなさい、拠り所を失う前のささやか光を写しなさい、ということになるのかな、と思います。世界に生きる当事者であることは難しいことではありません。そこに居ればいいのですから。ただ、表現者であるなら、今撮らなくてはならないのはこの世界のそんなおぼろげな様なのだと思います。 六甲山やMirage Galleryで何ができるのか。この問いに対して、僕はいつも二つのことを考えています。一つは、やはりアート教育や国際交流を通してより多様な価値観を受け入れて主義主張を議論しあえるような社会にしていくこと、そしてやはり写真家が写真家のための力強いコミュニティーを自分たちの手で作り上げられるよう支援することです。コミュニティーに属さない人が独自の力で成功することは本来的で素晴らしいことです。しかし、コミュニティーがあるからこそ躍進する人たちもたくさんいるはずです。少なくとも、欧米やアジアで見聞きする写真のコミュニティーはヒーローを沢山生み出すことに成功しています。それは大きなアーティストの集団に網をかけて見張っているからに他なりません。六甲は成果を出しつつありますが、それは六甲があるからではなく、そもそも優秀な人たちがいるからで、僕はただそういう人たちを探し出す手伝いをしたいだけなのです。...