MIRAGE GALLERY | Report
295
archive,category,category-report,category-295,ajax_fade,page_not_loaded,,select-theme-ver-3.8.1,wpb-js-composer js-comp-ver-5.1.1,vc_responsive

六甲山国際写真祭2017フォロアップミーティング

12月3日神戸からはじまり、12月9日東京、12月10日札幌と六甲山国際写真祭2017に参加された写真を対象にポートフォリオレビューのフォローアップミーティングを開催しました。参加された皆さま、大変お疲れ様でした。 フォローアップミーティングでは、それぞれの成果について確認するとともに、成果がなかなか得られない写真家について、その理由について分析していきました。今年はオーストラリアが招待国であり、そこから数名の写真家がオーストラリアの有力写真祭に招待されるなど、着実に成果を上げた写真家もいた一方、なかなか成果につながらず苦悩する写真家の姿も見られます。 写真は、その限定されたアクティビティーによりそこに参加する写真家の数の割にマネタイズや機会創出という意味において苦しい状況が続いています。写真祭やイベントは、国内に限らずどこも資金不足が顕著ですし、写真作家の活動は展覧会や写真集出版、写真賞応募やワークショップや写真祭のポートフォリオレビュー参加という限られた場を使い国内海外に拠点を求めるしか活動を拡張できず、他のアートに比べても狭い活動範囲しか与えられません。一般社会が写真作品に触れる機会は展覧会やアートフェアなどの活動に限られ、一般社会がアーティストを様々にサポートするような仕組みは描けていないのが実情です。当然、写真を使ってお金を得ることは難しく、商業写真や本業と両立している作家を除けばほとんどの写真家は全く写真の作品制作から収益を得られないでいます。多くの写真家は自分が写真家を名乗りながら、写真は売れないものと決め込んで諦めムードもあるようにも思えます。それにも増して、YouTubeやInstagramといったネットワーク時代の新しいメディアが巨額の広告費を背景にものすごい勢いで興隆していて、豊かなエンターテインメント性を武器にYouTuberやInstagramerといった新しいアーティスト像を確実に構造しています。カメラ産業もiPhoneなどの新しい手軽なツールにシェアを奪われていて、アーティスト支援やアートのイベントから次々に撤退していくと聞きます。写真世界はどこか取り残された町の裏通りのような寂しい状況に見えるのです。新たな写真のイベントを立ち上げる動きもあると聞きますが、相変わらず大物アーティスト依存であったり、実情に合わない地域おこしや目的意識の低いイベントが乱立するようではますます一般市民からかけ離れた、閉じて収斂する構造を後押しするようなものです。 そんな中、フォローアップミーティングでは写真のプロジェクトを結果につなげていくために必要なものは何かについて、参加者たちと議論をしてきました。今回は写真プロジェクトを細胞にみたて、コア(本来はNucleus)、エピトープ、装置(細胞質)、出力(どんな細胞か)という4つのキーワードで話してみました。写真作品にはその中核にコアとなるべきテーマやストーリーがあります。また外界に食指を伸ばすエピトープ、そして全体にまたがる装置があり、最終的な出力をどうするかということが求められます。そのテーマやストーリーは小さい限定されたものでも構いませんが、小さいと多くのオーディエンスには届きません。大きいからいいということでは決してありませんが、大きい方が影響力やインパクトにつながります。また、その伝え方としてのエピトープがたくさん発現している方がより多くのオーディエンスにめぐり合えます。特定のオーディエンスに限定した見え方をするのか、より大きな社会に向けて発信されているのかは、何らか細胞壁から突き出た突起がオーディエンスの好みの大きさや形になっているかが重要です。現代の時代に合わせた大きな絵が描ける欧米のアーティストたちに比べて国内写真家の多くはコアが小さくエピトープが見えない作品があります。また優れた先人たちのイメージに類似した作品を制作する作家もいますが、多くの場合それは競争率の高い場にチャンスを求めることになるため成功率はあまり期待できないと思われます。Review Santa FeやPhoto Lucidaなどに選ばれている写真家を眺めていくと、最近の主要なテーマは家族、コミュニティー、人権、貧困、ジェンダー、紛争、地域や歴史の再考、新しい表現といったものが多く、欧米の作家たちはその傾向から確実に結果が得られるようなテーマを選び、誰もが理解できるような絵作りをしてオーディエンスに訴えてきます。それを考えると、思いつきや手探りのコアや装置をあてて作品を作ることがいかにパフォーマンスが悪いか、誰にでもわかると思います。 ただ、どんな小さなコアであっても取り掛かった仕事を納得がいくまで追求することができる日本人写真家はある意味素晴らしいと思います。世界とは、そういった小さなコアを積み重ねてできる集合知のようなものだし、小さなコアが抜け落ち目標を達成するためだけに大きなものばかりを追求する世界もまた無意味とも言えます。時間とお金をつぎ込んでも、結局プロジェクトとしてどこかに売れて行かない限り報われないことには変わりはありません。 コアの大きさや装置の新しさや強さ、最終的な作品出力の質を武器に、機会を与えてくれるポートフォリオレビューなどのイベントで機会を得ることが可能なことは六甲山国際写真祭のこれまでの成果をみていると明らかです。写真に携わるアーティストにとって厳しい状況には変わりはないでしょうが、フォローアップミーティングで話した写真の厳しい状況を踏まえて、これまで作って来た作品を磨き、新しい作品つくりに邁進していっていただきたいと思います。YouTubeやInstagramにはない写真のストイックさは、弱点ばかりではありません。 札幌では第2部から参加された何名かの簡単なレビューを行いましたが、ユニークな作品を作っている作家や上質の絵作りのできる写真家と会うことができました。神戸、東京と札幌と駆け回った今回のフォローアップでしたが、写真で何ができるのか、というテーマで新しいエンターテインメント性のある仕掛けなどのヒントを得られたのも有意義でした。    ...

ワインと写真#5 楠本涼さん 「アーティストブックと物語への招待」レポート

©Ryo Kusumoto ワインと写真#5はゲストに楠本涼さんをお迎えし開催しました。 楠本さんが制作されている「連獅子」は、日本舞踊の舞踏家の一生と、芸の継承を取材されたシリーズです。ある舞踏家の生い立ち、師匠から弟子へと受け継がれる現代の継承の形をブックという手段で表現しようとしています。 今回はどのように作品をブラッシュアップしていったのか、その試行錯誤の過程をご紹介いただきました。   始まりは1冊の小さなノートから 写真のセレクトを繰り返し、少しずつ改良を加えながら作られたという全15版。 机に並べられたそれらを順に見ていくことで、作家の思考を追体験でき、非常に興味深いものでした。   楠本さんは師匠とお弟子さんの人生を一つの演目に落とし込むことで作品として昇華していきます。 リサーチを繰り返し、被写体との対話を重ねることでより作品を深める一方、今まで構成の中心にあった象徴的な舞の写真を除外することを選択します。 それらをまとめた「もう一つの連獅子」が名取洋之介写真賞奨励賞を受賞されます。目的に応じた編集の成功例としても参考になると思います。   その後のディスカッションでは最近の本づくりの傾向として、 装置に凝りすぎてしまい、読者が追いつけない。 リサーチを深めることで作者だけがわかったつもりになってしまう。 凝った作りにしようと、作品の中身と装丁のバランスが崩れてしまう。 といった意見やファウンドフォトを用いた作品の是非についての言及もあり、示唆に富んだものとなりました。   一切の妥協を許さず、今回の物語の主人公である舞踏の師匠にも認められるほどの楠本さんの真摯な姿勢に多くの学びを得ることができました。 今回ご紹介いただいた楠本さんの最新作は、来年初頭販売予定とのこと、最終的にどのような仕上がりになるのか、とても楽しみです。 楠本さん、特別ゲストとして遠方よりお越しいただいたやまとふみこさん、ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。...

Review Santa Fe 2017で感じたこと

10月25日から30日にかけてアメリカを訪問しました。 毎年恒例になっているReview Santa Feに参加するためですが、今年もいろいろと収穫がありました。 いちばんの収穫は多くの優れた写真家に会えたこと、そして今回僕としては5回目の参加となるわけですが、いろいろな人との繋がりがしっかりと動き始めていて目に見える成果が生まれつつあるというところだろうと思います。写真家については、皆六甲山国際写真祭のことをよく研究していました。そのぶん売り込みも激しいものを感じましたが、Mirage Gallery企画、メインゲスト、ゲスト、ポートフォリオレビューなどに誘える僕が作っている名簿やリストがさらに分厚くなったことが何よりの成果です。また、Sam Abellのディナーショーに出たことは忘れ得ぬ思い出になりました。これについては一つ前の記事に詳しいです。 今年のレビューの中身についてはまた機会を捉えていろいろ書けるといいなと思います。時代は相変わらずパーソナルストーリーが中心にあり、しかし幾重にも社会的なレイヤーが張り巡らされていることも、コンセプチュアルな手法が取り入れられていることもあります。こういうのを見ていると、ああ、やはり国内で見かける多くの写真家のプロジェクトはまだまだ弱いなあ、と感じることがあります。また、新しい種類のプリントメソッドや出力形態を模索している優れた表現も数多くありました。これらは僕が主催する写真表現コミュニケーションワークショップのミドル・マスタークラスですぐに教材にできることばかりですので、いずれ日本の皆さんにも紹介できるのではないかと思います。 日本人参加者も六甲山国際写真祭から繋がって参加している写真家もいましたが、半数は独自に道を切り開いている人たちでした。Review Santa Feで初めて日本人アーティストのレビューをしました。海外に拠点を置く写真家でしたが、素晴らしい作品でした。残念ながら今年はそのほかのみなさんとお話しする機会はあまりありませんでしたが、レビュワー周りからの情報によると幾人かは今後の活躍が期待できそうです。クライドファンディングで旅費などの参加資金を集めて参加した人、通訳やマネージメントも外部に委ねて国内では活動は一切せず、海外戦略のみに絞った活動をしている人など、賛否はいろいろ耳にしていますが日本人にも戦略が生まれていることがうかがい知れました。気になったのは、日本人の写真家達がパーティーやディナーショーにあまり参加していなかったことです。コストも高いし通訳を入れないと話せない言葉の壁は如何ともし難いのですが、こういう交流で繋がるところからチャンスが広がることを考えると勿体無いことだと思いました。カクテルパーティーで「日本人たちはどこ?探しているんだけど。」とはあるレビュワーの言葉です。通訳抜きでもいいからカクテルパーティーでかっこよく決めて欲しかった、というのが素直な感想です。 Review Santa Feに僕が訪れたのは今年が5回目、彼らが六甲山国際写真祭を通じて日本の写真コミュニティーに参画するようになってからも5年程度が経過しました。そして、主催者レベルでは相互にその目的は果たせているという認識でいますし、もっと関わりを深めたいと考えているようです。六甲山国際写真祭を称して姉妹フェスティバルと公言するLaura PressleyさんはじめとするSanta Fe側の主要なメンバーたちは、今年六甲山国際写真祭にレビュワーとして招いたCORTONA ON THE MOVE写真祭のAntonio Carloni氏を早速レビュワーで招くなど、Small festivalの可能性をネットワークでつなぐことの重要性を認識しています。そしてその中心に六甲山国際写真祭がいるべきだ、と話します。来年六甲山国際写真祭のゲストキュレーターをつとめるAngkor Photo Festival、相互に強い関係性を築いてきたKuala Lumpur International Photo Awardも含めていくとこの構図はとても意味があることだと感じられます。 そのほかには、来年六甲山国際写真祭で始める写真集賞に招く幾人かの審査員を決めてきました。おそらくダミーブックアワードになると思いますが、日本でのダミーブックアワードの新設は受け入れらるとの認識を強くしました。 駆け足で伝えてきたReview Santa Feのレポートですが、来年以降も六甲山国際写真祭やワークショップを足がかりに多くの写真家が世界に羽ばたいていくことを願っています。12月23日に開催を予定している次次回展のMirage One 2017グループ展のアーティストトークで、Review Santa Feの詳しい内容について話すことにしています。どうぞよろしくお願いいたします。 写真は、左からAntonio氏(CORTONA ON THE MOVE)、Sarah Leen氏(National Geographic)、Amber Terranovaさん。  ...

Stay This Moment – Sam Abellとの対話

Stay This Moment - Sam Abellとの対話 Review Santa Feから帰ってきました。 こういうタイトルですが、実はSanta Feで開催されたReview Santa Feにレビュワーとして参加したイベントの一つにSam Abellのディナーショーがあり、僕も参加してきました。話は長くなります。 トークショーに先駆けて、Review Santa Feのプリントラッフル(六甲山国際写真祭でもやっているプリント抽選会/資金集めのための)が行われて、僕はわずかなチケット購入でSam Abellのオリジナルプリント(モダンプリント)を当てました。よって11月16日から開催する展覧会にこの当てたプリントを展示できると思います。ぜひご覧いただければと思います。 Sam Abellはアメリカでもかなり名の通った写真家です。長年National Geographicの契約写真家として活躍した彼ですが、実はReview Santa FeやSanta Fe Photography Workshopの立ち上げに貢献したSanta Feにゆかりの深い人です。"A Photographic Life"と題された彼のトークに先駆けて、彼の活動を知る多くの著名写真家たちが彼に賞賛の言葉を送るところから始まりました。Sam Abellは人々に愛され、地域や組織に愛され、その仕事の優秀さをもってその愛に応えていたことがわかります。Stay This Momentとは、彼の師(ごめんなさい、名前は聞き取れませんでした)が彼をNational Geographic誌に引き入れる際に語った言葉だと言います。「この瞬間に立ち会いなさい」とでも訳しましょうか。 彼自身のトークでは、アメリカや世界各地の数々のアサインメントで彼がどのようにイメージを編んできたかが彼自身の言葉で紹介されます。そのトークは、これまで僕が聞いてきたどんな写真家の言葉よりも重く、感動的でした。それは、Stay This Momentという彼の人生に影響を与えたたった一言をどう実践してきたかを丁寧に語るものだったからです。僕はどういうわけか涙をこらえることができませんでした。どうして僕は写真なんかに関わっているんだろう?それが最近の僕の写真に対する思いに様々な感情をもたらす疑問なのですが、その問いにSamは見事に答えてくれるのです。Stay This Moment、あなたが大切だと信じるこの瞬間に立ち会いなさい、と言われているような気がして感動したんだと思います。 その後僕が当てたプリントについて、どうしてこの作品が優れているのかがビジュアルの構成の中で説明されました。面白かったのは、コンポジションの良し悪しを語る際に、彼がジグソーパズルに例えてイメージの構造を説明して行くことです。実際、本当にそういったパズルがあったのかもしれません。そして、圧巻は最後の一節でした。彼は1980年に山口県萩に滞在して取材をします。その中で萩の人々や日本の暮らし、ひととひとの繋がり、人と町の関係を丁寧に取材しています。ある町の曲がり角で二人の主婦が挨拶を交わしている、その二人の主婦の所作にフォーカスされた写真が続きます。これはおそらく11月16日のMirage Galleryでの彼のトークを聞いて頂くと全て紹介されると思います。なのでここでは詳細は書きません。しかし、まさに街角に立った二人の主婦の所作がSam AbellのStayしたかったこのMomentであり、その瞬間に立ち会えたことが、続く30年余にも及ぶ彼の写真人生A Photographic Lifeに強い影響を与えた、と結論づけられトークが終わるのです。 そのあと、僕は10日後に日本で会うことになるSam Abellに挨拶に向かいました。近づくと、すぐに僕だとわかってくれたのだと思います。たくさんの人が彼を取り囲んでいましたから、握手だけすれば僕には十分でした。彼はパッと笑顔になって他の人との会話を中断し僕の手を握ってくれました。そして僕は多くを話さずその場を離れました。Stay This Moment。まさにその言葉の通り、この瞬間に立ち会えたことだけで幸福だと思いましたし、十分な対話だと感じられたのです。 11月16日は平日夜にも関わらずSam Abellのトークに多くの方のお申し込みがあります。残席はわずかとなってしまいました。場合によっては立ち見席をご用意させていただこうかなとも考えています。ぜひお早めにお申し込みください。なお、Sam氏と彼のチームは萩から京都に抜けるわずかな時間を神戸に割いてくれることになっています。残念ながらみなさんと時間を共有できるレセプションなどの時間は取れそうもありません。本当に申し訳ありません。どうかご了承ください。 最後に、このプロジェクトを企画するにあたりご尽力をいただいたGeorge Nobechi氏およびNOBECHI CREATIVEに感謝の意を表したいと思います。    ...

Photosymposium Asiaで見聞きしたこと・話したこと

5月19日から21日にかけてマレーシア、クアラルンプールで開催された写真の教育をめぐるシンポジウムに参加してきました。 現在、日本では新しいギャラリーの立ち上げ準備中、また六甲山国際写真祭2017の準備を進めながらとバタバタとした中での訪問でした。僕としては写真教育、特に「写真家」という「職」にありつくために日本の(総意としての?)写真家達がどのような意識をもち、知恵をたくわえ、時間やお金を使うべきか、という根本的な問いかけに対して解を得るために訪れました。 3月4月とRAIECが行なった写真家意識調査についてもいろいろ話す予定で資料を作っていったのですが、データの解析方法についてある程度国際的なコンセンサスが得られた方がいいのかな、という思いもあり、多変量解析のような手法はとどめおいて、表層的な事項のみでトークを用意していました。 主催は六甲山国際写真祭でもおなじみのKuala Lumpur Photo Awardの主宰Steven Lee氏。6カ国8名の講師を迎えてのアジア初の試みだったと思いますが、いろいろ面白い知見が得られました。 まず、写真歴史研究の立場から東南アジアの150年にわたる写真史をまとめたWubin氏。この研究は英語で522ページにわたる書籍に図録入りでまとめられており、東南アジアの複雑な国家形成のプロセスをも追従しつつ、不幸な歴史をたどったカンボジアやベトナム、フィリピンなどの国家とその国々が擁した素晴らしい写真家達を縦断的に取り上げた研究ですが、1時間という時間では物足りないくらい面白い話でした。もちろん、日本軍のアジア諸国への侵攻や植民地化も写真に大きな影響を与えており、書物の中にはかなり詳しく記述があるようです。 また、写真家という職業単位において、どういう教育プロセスが作品作りやキャリア形成にどういう影響を与えたか、という視点で、フィリピン出身の写真家、エジプト出身の写真家がそれぞれの半生を作品とともに紹介してくれました。教育のみならず、事件や身の回りに起こった出来事が契機となって作品がどんどん変化していく、というプロセスの経過観察は、日本の写真家にとっても観察すべきことだと感じられました。特に、事件事故への興味、社会の変節、個人の暮らしの変化などについて、そこに重点的に意識を投入することでテーマやストーリーと向き合っている写真家は日本でも成功し始めています。その意識改革は、決して簡単なことではありませんが、とても大切なことだと実感することができたのは何より収穫だったと思います。 あと、東南アジアと環太平洋の写真集アーカイブを持つオーストラリア人の話も興味深いものでした。彼の話も、先に書いたWubin氏と同様、大学レベルの研究のプロセスで膨大な素材を分析し、分析結果から何らかの指導や教育を写真家達に提供していく、という知の共有に携わっています。誰もがそのアーカイブにアクセスでき、こちらが欲しいと要求すれば、送料程度の資金でアーカイブの一部を取り寄せることすら可能だといいます。日本国内にこういったことのできる機関があるのかは僕はしりませんが、蓄えた知を惜しげもなく教育に使える考えというのはとても大切なことだと感じました。 Angkor Photo Festivalの実行委員会の要で長年活躍したスタッフのJessica Lim氏は、シンポジウムの内容が理想論や専門知識のみへ傾倒しないように釘を刺しつつ、実際的で有用な情報を網羅することの大切さを説明してくれました。たとえば、アジアでは高等教育や写真の専門教育がなくても写真家への到達は可能であり、いかに有益で生きた情報を相手に伝えるかで解決できるのではないかという意見がありました。確かに現代は情報へのアクセスはどこの国にもさほど時間差や地域差はなく、ある程度語学ができれば知識や方法は手に入れられるのです。これは認めざるを得ませんが、日本ではどうでしょう。 僕は日本の写真教育について、専門機関の少なさや専門家・専門家外のワークショップが乱立するというような状況のなか(そもそも専門家とは誰か?という問いも含めて)、写真家がなんとかチャンスを掴もうといろいろなワークショップやレビューに参加する様子を、I am Stevenという絵巻にまとめて、先に行なったアンケートを使いながら説明を試みました。専門機関での教育は必要か?幼少時からの美術教育は必要か?レビューやワークショップの専門性や権威づけの担保はどう進めるべきか?カメラやレンズを欲しくなる写真家に対して、プリントを買ってごらんよ、とどう伝えればいいのか?などといった問いに対して、アンケートの結果を当てながら参加者や専門家達の意見を取りまとめる、という目的があったのですが、日本のような一般教育や写真水準の高い国が写真専門の教育機関が限られていることへの驚きや、成果を作りたいと考える写真家達の涙ぐましい努力については、数多くの意見をもらい活発に議論することができました。もっとも、マレーシアやシンガポールの参加者が多かった中で、日本から参加した参加者の皆さんの意見の中には語学に対する苦手意識があるとなかなか世界に踏み出せないのではないかとの意見があり、講師陣が考えさせられる一幕もありました。 Mirage Galleryで今後行うワークショップの中にそれらの議論内容が反映されると思いますが、さて、「写真教育に関するシンポジウム」というシンポジウム自体が国内で成立しうるかどうか、誰がやるべきか、などといったもやもやとした気持ちもまた生まれてきた3日間でした。...