MIRAGE GALLERY | 2017
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六甲山国際写真祭2017フォロアップミーティング

12月3日神戸からはじまり、12月9日東京、12月10日札幌と六甲山国際写真祭2017に参加された写真を対象にポートフォリオレビューのフォローアップミーティングを開催しました。参加された皆さま、大変お疲れ様でした。 フォローアップミーティングでは、それぞれの成果について確認するとともに、成果がなかなか得られない写真家について、その理由について分析していきました。今年はオーストラリアが招待国であり、そこから数名の写真家がオーストラリアの有力写真祭に招待されるなど、着実に成果を上げた写真家もいた一方、なかなか成果につながらず苦悩する写真家の姿も見られます。 写真は、その限定されたアクティビティーによりそこに参加する写真家の数の割にマネタイズや機会創出という意味において苦しい状況が続いています。写真祭やイベントは、国内に限らずどこも資金不足が顕著ですし、写真作家の活動は展覧会や写真集出版、写真賞応募やワークショップや写真祭のポートフォリオレビュー参加という限られた場を使い国内海外に拠点を求めるしか活動を拡張できず、他のアートに比べても狭い活動範囲しか与えられません。一般社会が写真作品に触れる機会は展覧会やアートフェアなどの活動に限られ、一般社会がアーティストを様々にサポートするような仕組みは描けていないのが実情です。当然、写真を使ってお金を得ることは難しく、商業写真や本業と両立している作家を除けばほとんどの写真家は全く写真の作品制作から収益を得られないでいます。多くの写真家は自分が写真家を名乗りながら、写真は売れないものと決め込んで諦めムードもあるようにも思えます。それにも増して、YouTubeやInstagramといったネットワーク時代の新しいメディアが巨額の広告費を背景にものすごい勢いで興隆していて、豊かなエンターテインメント性を武器にYouTuberやInstagramerといった新しいアーティスト像を確実に構造しています。カメラ産業もiPhoneなどの新しい手軽なツールにシェアを奪われていて、アーティスト支援やアートのイベントから次々に撤退していくと聞きます。写真世界はどこか取り残された町の裏通りのような寂しい状況に見えるのです。新たな写真のイベントを立ち上げる動きもあると聞きますが、相変わらず大物アーティスト依存であったり、実情に合わない地域おこしや目的意識の低いイベントが乱立するようではますます一般市民からかけ離れた、閉じて収斂する構造を後押しするようなものです。 そんな中、フォローアップミーティングでは写真のプロジェクトを結果につなげていくために必要なものは何かについて、参加者たちと議論をしてきました。今回は写真プロジェクトを細胞にみたて、コア(本来はNucleus)、エピトープ、装置(細胞質)、出力(どんな細胞か)という4つのキーワードで話してみました。写真作品にはその中核にコアとなるべきテーマやストーリーがあります。また外界に食指を伸ばすエピトープ、そして全体にまたがる装置があり、最終的な出力をどうするかということが求められます。そのテーマやストーリーは小さい限定されたものでも構いませんが、小さいと多くのオーディエンスには届きません。大きいからいいということでは決してありませんが、大きい方が影響力やインパクトにつながります。また、その伝え方としてのエピトープがたくさん発現している方がより多くのオーディエンスにめぐり合えます。特定のオーディエンスに限定した見え方をするのか、より大きな社会に向けて発信されているのかは、何らか細胞壁から突き出た突起がオーディエンスの好みの大きさや形になっているかが重要です。現代の時代に合わせた大きな絵が描ける欧米のアーティストたちに比べて国内写真家の多くはコアが小さくエピトープが見えない作品があります。また優れた先人たちのイメージに類似した作品を制作する作家もいますが、多くの場合それは競争率の高い場にチャンスを求めることになるため成功率はあまり期待できないと思われます。Review Santa FeやPhoto Lucidaなどに選ばれている写真家を眺めていくと、最近の主要なテーマは家族、コミュニティー、人権、貧困、ジェンダー、紛争、地域や歴史の再考、新しい表現といったものが多く、欧米の作家たちはその傾向から確実に結果が得られるようなテーマを選び、誰もが理解できるような絵作りをしてオーディエンスに訴えてきます。それを考えると、思いつきや手探りのコアや装置をあてて作品を作ることがいかにパフォーマンスが悪いか、誰にでもわかると思います。 ただ、どんな小さなコアであっても取り掛かった仕事を納得がいくまで追求することができる日本人写真家はある意味素晴らしいと思います。世界とは、そういった小さなコアを積み重ねてできる集合知のようなものだし、小さなコアが抜け落ち目標を達成するためだけに大きなものばかりを追求する世界もまた無意味とも言えます。時間とお金をつぎ込んでも、結局プロジェクトとしてどこかに売れて行かない限り報われないことには変わりはありません。 コアの大きさや装置の新しさや強さ、最終的な作品出力の質を武器に、機会を与えてくれるポートフォリオレビューなどのイベントで機会を得ることが可能なことは六甲山国際写真祭のこれまでの成果をみていると明らかです。写真に携わるアーティストにとって厳しい状況には変わりはないでしょうが、フォローアップミーティングで話した写真の厳しい状況を踏まえて、これまで作って来た作品を磨き、新しい作品つくりに邁進していっていただきたいと思います。YouTubeやInstagramにはない写真のストイックさは、弱点ばかりではありません。 札幌では第2部から参加された何名かの簡単なレビューを行いましたが、ユニークな作品を作っている作家や上質の絵作りのできる写真家と会うことができました。神戸、東京と札幌と駆け回った今回のフォローアップでしたが、写真で何ができるのか、というテーマで新しいエンターテインメント性のある仕掛けなどのヒントを得られたのも有意義でした。    ...

ワインと写真#5 楠本涼さん 「アーティストブックと物語への招待」レポート

©Ryo Kusumoto ワインと写真#5はゲストに楠本涼さんをお迎えし開催しました。 楠本さんが制作されている「連獅子」は、日本舞踊の舞踏家の一生と、芸の継承を取材されたシリーズです。ある舞踏家の生い立ち、師匠から弟子へと受け継がれる現代の継承の形をブックという手段で表現しようとしています。 今回はどのように作品をブラッシュアップしていったのか、その試行錯誤の過程をご紹介いただきました。   始まりは1冊の小さなノートから 写真のセレクトを繰り返し、少しずつ改良を加えながら作られたという全15版。 机に並べられたそれらを順に見ていくことで、作家の思考を追体験でき、非常に興味深いものでした。   楠本さんは師匠とお弟子さんの人生を一つの演目に落とし込むことで作品として昇華していきます。 リサーチを繰り返し、被写体との対話を重ねることでより作品を深める一方、今まで構成の中心にあった象徴的な舞の写真を除外することを選択します。 それらをまとめた「もう一つの連獅子」が名取洋之介写真賞奨励賞を受賞されます。目的に応じた編集の成功例としても参考になると思います。   その後のディスカッションでは最近の本づくりの傾向として、 装置に凝りすぎてしまい、読者が追いつけない。 リサーチを深めることで作者だけがわかったつもりになってしまう。 凝った作りにしようと、作品の中身と装丁のバランスが崩れてしまう。 といった意見やファウンドフォトを用いた作品の是非についての言及もあり、示唆に富んだものとなりました。   一切の妥協を許さず、今回の物語の主人公である舞踏の師匠にも認められるほどの楠本さんの真摯な姿勢に多くの学びを得ることができました。 今回ご紹介いただいた楠本さんの最新作は、来年初頭販売予定とのこと、最終的にどのような仕上がりになるのか、とても楽しみです。 楠本さん、特別ゲストとして遠方よりお越しいただいたやまとふみこさん、ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。...

福岡県田川市に移住してみるという選択肢

報告ですが、先週末東京で移住ドラフト会議というイベントに参加してきました。 この移住ドラフト会議とは、みんなの移住計画というイベントのなかで、各地の移住計画をそれぞれ球団にみたて、移住希望者(選手)とのマッチングをプロ野球でいうところのドラフト会議形式で行うイベントです。主催者は、「壮大なるコント」と冗談交じりに言っていましたが、実際は各球団たる地域側の思い、選手たる参加者側の思いは真剣で、とてもよくできたイベントだと感じられました。 僕は10月の或る日の朝にこのイベントをニュースで知り、六甲山国際写真祭やMirage Gallery、僕自身の活動にとても有益な活動になるだろうと感じられたので、その朝のうちに申し込んでいました。 日本は、10年後20年後の人口が急速に減少する少子高齢化の渦の中にいて、ものすごい勢いでこの渦に巻き込まれることは避けられず、地方からの人口流出とあわせると、地方の人材確保は急務です。行政レベルでもその対策を掲げてプロジェクトを次々に打ち出している自治体が多く、また最近のコワーキング、シェアオフィス、シェアハウス、エコツーリズムなどを絡めて意識の高い若い世代の地方に移り住みたいという需要もかなり高まっているようです。ローカル、リモート、多地域拠点など、普段の僕の活動からは聞き慣れない言葉も飛び交っていましたが、そのマッチングイベントが今年初めて全国イベントとして東京で開催されました。 [caption id="attachment_21838" align="alignnone" width="1024"] 球団のトークセッションの様子[/caption]   球団側は北海道から沖縄まで12地域から12の団体が来ていました。選手は50名足らず。初日は選手が2分間で自己PRし、球団側もどんな人材が必要かをPRをする前夜祭が開催されました。僕が驚いたのは、参加者が個人的なスキルを明確に伝えていたそのPR力の高さです。どういう経歴があり、キャリアを積んで、何を得意とするのかを明確に語って、自分の価値を語っていたことです。僕はどちらかというと、六甲山国際写真祭をはじめとしたプロジェクトを売り込もうとしていたので、これには慌てました。球団側には、農業、林業などの産業や伝統工芸などの継承者を求めているプロジェクトもあり面白いと思いました。 結果として、ギリギリで福岡県田川市のいいかねPalleteという廃校になった元小学校をつかって音楽やイベント、ホステルを運営するBOOKという会社に指名されました。田川市は福岡県の真ん中に位置する人口5万人足らずの町です。人口減少や産業衰退などの問題は他の地方都市同様抱えていると聞きます。今後1年に渡りどういうプロジェクトを作れるのか、移住するのかリモートでプロジェクトを作るのかなどを話し合い、3年以内に移住を含めて事業を開始可能か検討することになっています。もちろん、移住しなければいけないという縛りはなく、田川市のプロジェクトも、基盤は東京と田川の2拠点で活動しているようですので、やり方によってはリモートで十分に貢献できる可能性があります。 さて、僕は何をしようか。ひとまず来年1月にドラフトで指名された他の3名(ファンディング・ツーリズムなどが専門)と田川市を訪れて、行政やいいかねPalleteをみてこようと思います。もっとも短絡的に単純に考えると、写真集収集、展覧会開催、写真に関する子供達向けのワークショップ、写真家向けの表現ワークショップ、ドローンでのフィルム撮影ワークショップなどだと思いますが、宿泊施設も併設していることから、関西圏からの撮影ツアー、MeiHouseの九州版なども開催できるのではないかと思います。また、田川市の産業や移住促進につながる社会プロジェクトを今年の参加者(選手)全体で考えていくということも可能かもしれません。神戸と東京、田川と世界とをリンクしたアーティストインレジデンスといった大きめのプロジェクトも早々に提案してみようかと思っていますし、逆に田川で行なっているプロジェクトを神戸や六甲山に適用するという方法もあるのかもしれず、何か起こりそうでワクワクします。さてどうなるでしょうか。 移住ドラフト会議や、移住、地方創生、コワーキング、シェアハウス運営などに興味があればいちどドラフト会議のサイトをのぞいてみてください。今後このイベントは大きくなることが予想されるし、アートの地域参加、地域のアートの取り組みなどは、引き続き考える必要はあるとして、各地で開催されるアート祭という地域おこしの立ち位置だけでは続くことはないということもこのイベントに参加してみて確信しました。そういう全体像をみ渡せる視野をもつことも含めて、興味のある方はRAIECのチームに参加していろいろ勉強や提案をしてくださると嬉しいです。神戸移住計画なんかも人材確保、地方創生やアート支援、アート教育という位置付けで立ち上げたいと思っています。 またレポートします。    ...

Review Santa Fe 2017で感じたこと

10月25日から30日にかけてアメリカを訪問しました。 毎年恒例になっているReview Santa Feに参加するためですが、今年もいろいろと収穫がありました。 いちばんの収穫は多くの優れた写真家に会えたこと、そして今回僕としては5回目の参加となるわけですが、いろいろな人との繋がりがしっかりと動き始めていて目に見える成果が生まれつつあるというところだろうと思います。写真家については、皆六甲山国際写真祭のことをよく研究していました。そのぶん売り込みも激しいものを感じましたが、Mirage Gallery企画、メインゲスト、ゲスト、ポートフォリオレビューなどに誘える僕が作っている名簿やリストがさらに分厚くなったことが何よりの成果です。また、Sam Abellのディナーショーに出たことは忘れ得ぬ思い出になりました。これについては一つ前の記事に詳しいです。 今年のレビューの中身についてはまた機会を捉えていろいろ書けるといいなと思います。時代は相変わらずパーソナルストーリーが中心にあり、しかし幾重にも社会的なレイヤーが張り巡らされていることも、コンセプチュアルな手法が取り入れられていることもあります。こういうのを見ていると、ああ、やはり国内で見かける多くの写真家のプロジェクトはまだまだ弱いなあ、と感じることがあります。また、新しい種類のプリントメソッドや出力形態を模索している優れた表現も数多くありました。これらは僕が主催する写真表現コミュニケーションワークショップのミドル・マスタークラスですぐに教材にできることばかりですので、いずれ日本の皆さんにも紹介できるのではないかと思います。 日本人参加者も六甲山国際写真祭から繋がって参加している写真家もいましたが、半数は独自に道を切り開いている人たちでした。Review Santa Feで初めて日本人アーティストのレビューをしました。海外に拠点を置く写真家でしたが、素晴らしい作品でした。残念ながら今年はそのほかのみなさんとお話しする機会はあまりありませんでしたが、レビュワー周りからの情報によると幾人かは今後の活躍が期待できそうです。クライドファンディングで旅費などの参加資金を集めて参加した人、通訳やマネージメントも外部に委ねて国内では活動は一切せず、海外戦略のみに絞った活動をしている人など、賛否はいろいろ耳にしていますが日本人にも戦略が生まれていることがうかがい知れました。気になったのは、日本人の写真家達がパーティーやディナーショーにあまり参加していなかったことです。コストも高いし通訳を入れないと話せない言葉の壁は如何ともし難いのですが、こういう交流で繋がるところからチャンスが広がることを考えると勿体無いことだと思いました。カクテルパーティーで「日本人たちはどこ?探しているんだけど。」とはあるレビュワーの言葉です。通訳抜きでもいいからカクテルパーティーでかっこよく決めて欲しかった、というのが素直な感想です。 Review Santa Feに僕が訪れたのは今年が5回目、彼らが六甲山国際写真祭を通じて日本の写真コミュニティーに参画するようになってからも5年程度が経過しました。そして、主催者レベルでは相互にその目的は果たせているという認識でいますし、もっと関わりを深めたいと考えているようです。六甲山国際写真祭を称して姉妹フェスティバルと公言するLaura PressleyさんはじめとするSanta Fe側の主要なメンバーたちは、今年六甲山国際写真祭にレビュワーとして招いたCORTONA ON THE MOVE写真祭のAntonio Carloni氏を早速レビュワーで招くなど、Small festivalの可能性をネットワークでつなぐことの重要性を認識しています。そしてその中心に六甲山国際写真祭がいるべきだ、と話します。来年六甲山国際写真祭のゲストキュレーターをつとめるAngkor Photo Festival、相互に強い関係性を築いてきたKuala Lumpur International Photo Awardも含めていくとこの構図はとても意味があることだと感じられます。 そのほかには、来年六甲山国際写真祭で始める写真集賞に招く幾人かの審査員を決めてきました。おそらくダミーブックアワードになると思いますが、日本でのダミーブックアワードの新設は受け入れらるとの認識を強くしました。 駆け足で伝えてきたReview Santa Feのレポートですが、来年以降も六甲山国際写真祭やワークショップを足がかりに多くの写真家が世界に羽ばたいていくことを願っています。12月23日に開催を予定している次次回展のMirage One 2017グループ展のアーティストトークで、Review Santa Feの詳しい内容について話すことにしています。どうぞよろしくお願いいたします。 写真は、左からAntonio氏(CORTONA ON THE MOVE)、Sarah Leen氏(National Geographic)、Amber Terranovaさん。  ...

Stay This Moment – Sam Abellとの対話

Stay This Moment - Sam Abellとの対話 Review Santa Feから帰ってきました。 こういうタイトルですが、実はSanta Feで開催されたReview Santa Feにレビュワーとして参加したイベントの一つにSam Abellのディナーショーがあり、僕も参加してきました。話は長くなります。 トークショーに先駆けて、Review Santa Feのプリントラッフル(六甲山国際写真祭でもやっているプリント抽選会/資金集めのための)が行われて、僕はわずかなチケット購入でSam Abellのオリジナルプリント(モダンプリント)を当てました。よって11月16日から開催する展覧会にこの当てたプリントを展示できると思います。ぜひご覧いただければと思います。 Sam Abellはアメリカでもかなり名の通った写真家です。長年National Geographicの契約写真家として活躍した彼ですが、実はReview Santa FeやSanta Fe Photography Workshopの立ち上げに貢献したSanta Feにゆかりの深い人です。"A Photographic Life"と題された彼のトークに先駆けて、彼の活動を知る多くの著名写真家たちが彼に賞賛の言葉を送るところから始まりました。Sam Abellは人々に愛され、地域や組織に愛され、その仕事の優秀さをもってその愛に応えていたことがわかります。Stay This Momentとは、彼の師(ごめんなさい、名前は聞き取れませんでした)が彼をNational Geographic誌に引き入れる際に語った言葉だと言います。「この瞬間に立ち会いなさい」とでも訳しましょうか。 彼自身のトークでは、アメリカや世界各地の数々のアサインメントで彼がどのようにイメージを編んできたかが彼自身の言葉で紹介されます。そのトークは、これまで僕が聞いてきたどんな写真家の言葉よりも重く、感動的でした。それは、Stay This Momentという彼の人生に影響を与えたたった一言をどう実践してきたかを丁寧に語るものだったからです。僕はどういうわけか涙をこらえることができませんでした。どうして僕は写真なんかに関わっているんだろう?それが最近の僕の写真に対する思いに様々な感情をもたらす疑問なのですが、その問いにSamは見事に答えてくれるのです。Stay This Moment、あなたが大切だと信じるこの瞬間に立ち会いなさい、と言われているような気がして感動したんだと思います。 その後僕が当てたプリントについて、どうしてこの作品が優れているのかがビジュアルの構成の中で説明されました。面白かったのは、コンポジションの良し悪しを語る際に、彼がジグソーパズルに例えてイメージの構造を説明して行くことです。実際、本当にそういったパズルがあったのかもしれません。そして、圧巻は最後の一節でした。彼は1980年に山口県萩に滞在して取材をします。その中で萩の人々や日本の暮らし、ひととひとの繋がり、人と町の関係を丁寧に取材しています。ある町の曲がり角で二人の主婦が挨拶を交わしている、その二人の主婦の所作にフォーカスされた写真が続きます。これはおそらく11月16日のMirage Galleryでの彼のトークを聞いて頂くと全て紹介されると思います。なのでここでは詳細は書きません。しかし、まさに街角に立った二人の主婦の所作がSam AbellのStayしたかったこのMomentであり、その瞬間に立ち会えたことが、続く30年余にも及ぶ彼の写真人生A Photographic Lifeに強い影響を与えた、と結論づけられトークが終わるのです。 そのあと、僕は10日後に日本で会うことになるSam Abellに挨拶に向かいました。近づくと、すぐに僕だとわかってくれたのだと思います。たくさんの人が彼を取り囲んでいましたから、握手だけすれば僕には十分でした。彼はパッと笑顔になって他の人との会話を中断し僕の手を握ってくれました。そして僕は多くを話さずその場を離れました。Stay This Moment。まさにその言葉の通り、この瞬間に立ち会えたことだけで幸福だと思いましたし、十分な対話だと感じられたのです。 11月16日は平日夜にも関わらずSam Abellのトークに多くの方のお申し込みがあります。残席はわずかとなってしまいました。場合によっては立ち見席をご用意させていただこうかなとも考えています。ぜひお早めにお申し込みください。なお、Sam氏と彼のチームは萩から京都に抜けるわずかな時間を神戸に割いてくれることになっています。残念ながらみなさんと時間を共有できるレセプションなどの時間は取れそうもありません。本当に申し訳ありません。どうかご了承ください。 最後に、このプロジェクトを企画するにあたりご尽力をいただいたGeorge Nobechi氏およびNOBECHI CREATIVEに感謝の意を表したいと思います。    ...

Mt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVAL 2017始まります

Mt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVAL 2017が8月19日から始まります。 Mirage Galleryでは、六甲山国際写真祭2017のメインゲスト写真展会場としてアメリカ・シカゴを拠点に活動するMegan E. DohertyのBack of the Yardsを展示します。この写真展は、アメリカの中東部の大都市シカゴの南部、西部に広がるギャングの多く存在する地域とそこに隣接するコミュニティーを取り上げたシリーズで、4年間にわたってこの地域に住む一人の白人に焦点を当てています。銃による殺人事件が多発するこの地域も、内包するコミュニティにはまともな住民も多く住んでおり、いろいろな形で問題が起こります。その間に介在するのがジム・フォガーティーという人物です。 Meganの写真はドキュメンタリー写真の手法をとりながら、地域社会の苦悩や祈りを詩的に描きます。ストーリーテリングの手法の中心にいるのがジムさんなのですが、彼自身がどういう人物かを描くために、彼を取り巻く人々、そしてそれらの人々の祈りを丁寧に取材しているところが高く評価されています。 8月27日(日)午前10時からC.A.P.芸術と計画会議5階講堂にてMeganのトークショーが開催されます。参加費¥1,000です。ぜひご参加ください。 なお、Mt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVALのプログラムのなかでこの写真展のみ9月3日まで開催しています。また、作品の購入も可能となっています。 Mt.ROKKO INTERNATIONAL PHOTO FESTIVALは他に2会場にて展覧会やイベントを開催する予定です。多くの皆様のご参加を期待しています。...

Mirage Gallery始動!

去る6月24日にMirage Galleryが無事始動しました。Gallery TANTO TEMPOのオリジナルギャラリーが神戸市中央区栄町通に開設されたのが2008年5月、海岸通のセカンドギャラリーに移動したのが2011年秋ですから、今度が3度目の開設ということになります。3度目の正直、となるかどうか、楽しみに頑張っていきたいと思います。思えばその間、ギャラリーの役割を作家やコレクターとの関わりのなかで考える機会に恵まれもしたし、六甲山国際写真祭などという大それたプロジェクトを主宰するなど、写真家の機会創生に走り回ったり、写真の評価システムに参加したり、アート教育への立場を表明する機会も得たと思います。ただ、僕自身は写真の世界ではまだ何もなし得ていないちっぽけな存在だと思っています。写真界の大きな人たちとは以前よりはお付き合いはしていますが、まだ近づくことに逡巡してしまいます。まとまった考えも、どうやったら9年前のささやかな夢に近づけるのかも、まだ日々考えているような状態です。もう随分と前からアートや写真に関する本を書こうといろいろ書き進めてはいるものの、コレクターとなってからギャラリー開設、写真祭を主催して10年余の活動を経てもそれがどういう書になるかは僕自身わからないのです。ただ、3つのギャラリーを立ち上げてきたことを考えると、ギャラリー運営に必要なことぐらいは理解しているので、まあ無事に立ち上がったということだと安堵しています。 写真の世界は、僕なんかが何かしなくても回り続けるでしょうし、実際、誰かが何かをすることで写真が何か特別な変化をきたすことはこの国では今の所はなさそうです。写真とは、多数の考えの表出を大雑把にメディアの種類でまとめたただのグループ名みたいなもので、そう考えると僕たちが暮らしの中で特別なルールやしきたりや制度に縛られはするもののなんとか生きていけることとほぼ同じです。どんなにがんばってもうまくいかない人がいる一方、特別上手ではなくても大きな成果が出るような活動もあるだろうし、誰かがくっつくことで躍進するような現実もあり、実力以外にも運やいわゆる不公平な世界を含んでいたり、一方で真面目にコツコツとやっているそこそこの写真家を封殺するほど悪辣な環境でもない、そんな普通の社会のようなものなのかもしれません。実態を知りたいと画策しても、実は実体なんてどこにもないような、少し諦観に近い感覚を覚えることもあるこの頃です。 しかし、ISのテロやトランプ大統領の登場、国内・海外の政治や国際関係に垣間見えるある種のまやかしなど、僕たちの住んでいる時代のこの世界は急激に変質しています。より良い社会にしたい、という大多数の人類に対して、従来の社会制度そのものに疑問を投げかかる考え方やグループが増えながら、おそらくこの傾向は強まるばかりです。より良い社会にしたいと頑張って来た現在までの善良な市民が、実は嘘やまやかしには目をつぶってきたとあっては、そんな制度に搾取されてきた市民としては黙ってはいられない、ということでもありますが、誰でも、その個人、所属する団体・グループの思惑を優先して好きなようにしていけばいい、みんなそうなんだから、という傾向がどんどん強くなってきているということなのだろうと思います。アートも同じように見えます。結果として、僕たちは不安定で拠り所のない、何を基準に生きていけばいいのかさえわからない、そんな現代に生きているのです。その不安を取り除いて、さらに良い世界にしよう!という叫びもあるにはあるのでしょうが、果たしてその叫びはこの国でうねりになるのでしょうか。 それでは写真はどこに向かえばいいのか。何を撮せばいいのか。その問いに対して、僕に言えることがあるとすれば、それはしっかり社会の動きを観察しなさい、自分が感じる不安を写しなさい、拠り所を失う前のささやか光を写しなさい、ということになるのかな、と思います。世界に生きる当事者であることは難しいことではありません。そこに居ればいいのですから。ただ、表現者であるなら、今撮らなくてはならないのはこの世界のそんなおぼろげな様なのだと思います。 六甲山やMirage Galleryで何ができるのか。この問いに対して、僕はいつも二つのことを考えています。一つは、やはりアート教育や国際交流を通してより多様な価値観を受け入れて主義主張を議論しあえるような社会にしていくこと、そしてやはり写真家が写真家のための力強いコミュニティーを自分たちの手で作り上げられるよう支援することです。コミュニティーに属さない人が独自の力で成功することは本来的で素晴らしいことです。しかし、コミュニティーがあるからこそ躍進する人たちもたくさんいるはずです。少なくとも、欧米やアジアで見聞きする写真のコミュニティーはヒーローを沢山生み出すことに成功しています。それは大きなアーティストの集団に網をかけて見張っているからに他なりません。六甲は成果を出しつつありますが、それは六甲があるからではなく、そもそも優秀な人たちがいるからで、僕はただそういう人たちを探し出す手伝いをしたいだけなのです。...

ワークショップ中級コース詳細

ワークショップ中級コースの詳細 1回目  目標の共有 このセッションでは、写真家が描いている目標地点を時間をかけて確認し、どのようなゴールを描けばいいのかを設定します。そのために、どのような写真作品を制作したいのかを、世界のいくつかの写真作品を眺めながらディッスカッションします。また、ディスカッションを行うにあたり、写真メディア・アートの持つべきいくつかの要素を明らかにし、共有します。 2回目  プロジェクトチェック 写真家の作品を講師にプレゼンテーションしていただきます。そのことにより、作品に何が足りていて何が足りないのかを、あらゆる方向から検討し、現在位置から到達できそうな目標地点をより具体的に設定します。 3回目  テーマ・ストーリー・モチーフ 現在制作している作品シリーズのテーマやストーリーを明確にします。それとは別に、宿題テーマを用いて簡単な新しいシリーズを制作する準備を行います。この新シリーズは、約1ヶ月半の制作期間で中間評価、アドバイスを行い、最終日に現在の作品シリーズとともにプレゼンテーションを行なっていただきます。 4回目  評価者の評価ポイントを知る 写真の評価は、評価者によってもその評価の仕方は異なります。しかし、多くの場合、評価される要素は「写真の方向性」「作品の広がり」「作品の強さ」など、共通しています。これらの評価ポイントを知ることはとても重要ですので、このセッションで共有します。 5回目  コンセプト化の作業 作品が平坦になってしまう原因は、多くの場合コンセプト化に失敗していることがその理由にあげられます。なぜこの作品を作ることになったのか(契機)、どういう方法で取り組むことにしたのか(方法)、誰に見せたいのか(対象)、何を伝えたいのか(コンセプト・ストーリー)をおさえれば、もうそれは立派な作品になっているはずです。このセッションでは第2回目に明らかにした不足の要素をもとに、作品の再構築の作業を行うとともに、ステートメントを作ります。 6回目  プロジェクトチェック2回目 2回目のプレゼンテーションを行なっていただきます。このセッションでは、最初にえがいた目標地点と、ワークショップ修了時の到達点を比較し、自分の作品がいかに変化したかを確認していきます。さらに、これからの写真作品づくりについて、展望をしていきます。   本ワークショップは、RAIECの杉山が講師を務めます。また、国内の写真専門家を迎えレビュー、レクチャーを受けていただく可能性があります。 杉山は、Gallery TANTO TEMPOディレクターを経て、六甲山国際写真祭ディレクター、Review Santa Feレビュワー、Angkor Photo Festivalレビュワー、Photo Lucida Critical Mass選考委員など、海外での活動を通じて広く写真家の支援を行なっています。 このワークショップから上級ワークショップと活動を深められた方は、Mirage Galleryにおいて企画展に参加できる可能性があるほか、予備審査なしで来年の六甲山国際写真祭ポートフォリオレビューへの参加を認められる可能性があります。世界に通用する写真シリーズを作りたいとお考えの方は、ぜひこの機会にご参加ください。...

10月11月期ギャラリー使用権募集受付開始

Mirage Galleryでは2017年10月期11月期に写真展開催を希望する写真家を募集しています。 期間 最大2週間 募集枠 2枠   グループ展可 使用料    最大¥132000 応募条件 過去に六甲山国際写真祭にポートフォリオレビュー参加あるいはゲスト参加したことのある方 申込期限 2017年6月25日 申込方法 コンタクトページよりお申し込みください 応募多数の場合は審査の上決定致します。審査基準、ギャラリーの使用条件についてはお申し込みに際して詳しくお知らせいたします。 まずはお気軽にお問い合わせください。  ...

Photosymposium Asiaで見聞きしたこと・話したこと

5月19日から21日にかけてマレーシア、クアラルンプールで開催された写真の教育をめぐるシンポジウムに参加してきました。 現在、日本では新しいギャラリーの立ち上げ準備中、また六甲山国際写真祭2017の準備を進めながらとバタバタとした中での訪問でした。僕としては写真教育、特に「写真家」という「職」にありつくために日本の(総意としての?)写真家達がどのような意識をもち、知恵をたくわえ、時間やお金を使うべきか、という根本的な問いかけに対して解を得るために訪れました。 3月4月とRAIECが行なった写真家意識調査についてもいろいろ話す予定で資料を作っていったのですが、データの解析方法についてある程度国際的なコンセンサスが得られた方がいいのかな、という思いもあり、多変量解析のような手法はとどめおいて、表層的な事項のみでトークを用意していました。 主催は六甲山国際写真祭でもおなじみのKuala Lumpur Photo Awardの主宰Steven Lee氏。6カ国8名の講師を迎えてのアジア初の試みだったと思いますが、いろいろ面白い知見が得られました。 まず、写真歴史研究の立場から東南アジアの150年にわたる写真史をまとめたWubin氏。この研究は英語で522ページにわたる書籍に図録入りでまとめられており、東南アジアの複雑な国家形成のプロセスをも追従しつつ、不幸な歴史をたどったカンボジアやベトナム、フィリピンなどの国家とその国々が擁した素晴らしい写真家達を縦断的に取り上げた研究ですが、1時間という時間では物足りないくらい面白い話でした。もちろん、日本軍のアジア諸国への侵攻や植民地化も写真に大きな影響を与えており、書物の中にはかなり詳しく記述があるようです。 また、写真家という職業単位において、どういう教育プロセスが作品作りやキャリア形成にどういう影響を与えたか、という視点で、フィリピン出身の写真家、エジプト出身の写真家がそれぞれの半生を作品とともに紹介してくれました。教育のみならず、事件や身の回りに起こった出来事が契機となって作品がどんどん変化していく、というプロセスの経過観察は、日本の写真家にとっても観察すべきことだと感じられました。特に、事件事故への興味、社会の変節、個人の暮らしの変化などについて、そこに重点的に意識を投入することでテーマやストーリーと向き合っている写真家は日本でも成功し始めています。その意識改革は、決して簡単なことではありませんが、とても大切なことだと実感することができたのは何より収穫だったと思います。 あと、東南アジアと環太平洋の写真集アーカイブを持つオーストラリア人の話も興味深いものでした。彼の話も、先に書いたWubin氏と同様、大学レベルの研究のプロセスで膨大な素材を分析し、分析結果から何らかの指導や教育を写真家達に提供していく、という知の共有に携わっています。誰もがそのアーカイブにアクセスでき、こちらが欲しいと要求すれば、送料程度の資金でアーカイブの一部を取り寄せることすら可能だといいます。日本国内にこういったことのできる機関があるのかは僕はしりませんが、蓄えた知を惜しげもなく教育に使える考えというのはとても大切なことだと感じました。 Angkor Photo Festivalの実行委員会の要で長年活躍したスタッフのJessica Lim氏は、シンポジウムの内容が理想論や専門知識のみへ傾倒しないように釘を刺しつつ、実際的で有用な情報を網羅することの大切さを説明してくれました。たとえば、アジアでは高等教育や写真の専門教育がなくても写真家への到達は可能であり、いかに有益で生きた情報を相手に伝えるかで解決できるのではないかという意見がありました。確かに現代は情報へのアクセスはどこの国にもさほど時間差や地域差はなく、ある程度語学ができれば知識や方法は手に入れられるのです。これは認めざるを得ませんが、日本ではどうでしょう。 僕は日本の写真教育について、専門機関の少なさや専門家・専門家外のワークショップが乱立するというような状況のなか(そもそも専門家とは誰か?という問いも含めて)、写真家がなんとかチャンスを掴もうといろいろなワークショップやレビューに参加する様子を、I am Stevenという絵巻にまとめて、先に行なったアンケートを使いながら説明を試みました。専門機関での教育は必要か?幼少時からの美術教育は必要か?レビューやワークショップの専門性や権威づけの担保はどう進めるべきか?カメラやレンズを欲しくなる写真家に対して、プリントを買ってごらんよ、とどう伝えればいいのか?などといった問いに対して、アンケートの結果を当てながら参加者や専門家達の意見を取りまとめる、という目的があったのですが、日本のような一般教育や写真水準の高い国が写真専門の教育機関が限られていることへの驚きや、成果を作りたいと考える写真家達の涙ぐましい努力については、数多くの意見をもらい活発に議論することができました。もっとも、マレーシアやシンガポールの参加者が多かった中で、日本から参加した参加者の皆さんの意見の中には語学に対する苦手意識があるとなかなか世界に踏み出せないのではないかとの意見があり、講師陣が考えさせられる一幕もありました。 Mirage Galleryで今後行うワークショップの中にそれらの議論内容が反映されると思いますが、さて、「写真教育に関するシンポジウム」というシンポジウム自体が国内で成立しうるかどうか、誰がやるべきか、などといったもやもやとした気持ちもまた生まれてきた3日間でした。...