MIRAGE GALLERY | MIRAGE NEWS
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Mirage Gallery始動!

去る6月24日にMirage Galleryが無事始動しました。Gallery TANTO TEMPOのオリジナルギャラリーが神戸市中央区栄町通に開設されたのが2008年5月、海岸通のセカンドギャラリーに移動したのが2011年秋ですから、今度が3度目の開設ということになります。3度目の正直、となるかどうか、楽しみに頑張っていきたいと思います。思えばその間、ギャラリーの役割を作家やコレクターとの関わりのなかで考える機会に恵まれもしたし、六甲山国際写真祭などという大それたプロジェクトを主宰するなど、写真家の機会創生に走り回ったり、写真の評価システムに参加したり、アート教育への立場を表明する機会も得たと思います。ただ、僕自身は写真の世界ではまだ何もなし得ていないちっぽけな存在だと思っています。写真界の大きな人たちとは以前よりはお付き合いはしていますが、まだ近づくことに逡巡してしまいます。まとまった考えも、どうやったら9年前のささやかな夢に近づけるのかも、まだ日々考えているような状態です。もう随分と前からアートや写真に関する本を書こうといろいろ書き進めてはいるものの、コレクターとなってからギャラリー開設、写真祭を主催して10年余の活動を経てもそれがどういう書になるかは僕自身わからないのです。ただ、3つのギャラリーを立ち上げてきたことを考えると、ギャラリー運営に必要なことぐらいは理解しているので、まあ無事に立ち上がったということだと安堵しています。 写真の世界は、僕なんかが何かしなくても回り続けるでしょうし、実際、誰かが何かをすることで写真が何か特別な変化をきたすことはこの国では今の所はなさそうです。写真とは、多数の考えの表出を大雑把にメディアの種類でまとめたただのグループ名みたいなもので、そう考えると僕たちが暮らしの中で特別なルールやしきたりや制度に縛られはするもののなんとか生きていけることとほぼ同じです。どんなにがんばってもうまくいかない人がいる一方、特別上手ではなくても大きな成果が出るような活動もあるだろうし、誰かがくっつくことで躍進するような現実もあり、実力以外にも運やいわゆる不公平な世界を含んでいたり、一方で真面目にコツコツとやっているそこそこの写真家を封殺するほど悪辣な環境でもない、そんな普通の社会のようなものなのかもしれません。実態を知りたいと画策しても、実は実体なんてどこにもないような、少し諦観に近い感覚を覚えることもあるこの頃です。 しかし、ISのテロやトランプ大統領の登場、国内・海外の政治や国際関係に垣間見えるある種のまやかしなど、僕たちの住んでいる時代のこの世界は急激に変質しています。より良い社会にしたい、という大多数の人類に対して、従来の社会制度そのものに疑問を投げかかる考え方やグループが増えながら、おそらくこの傾向は強まるばかりです。より良い社会にしたいと頑張って来た現在までの善良な市民が、実は嘘やまやかしには目をつぶってきたとあっては、そんな制度に搾取されてきた市民としては黙ってはいられない、ということでもありますが、誰でも、その個人、所属する団体・グループの思惑を優先して好きなようにしていけばいい、みんなそうなんだから、という傾向がどんどん強くなってきているということなのだろうと思います。アートも同じように見えます。結果として、僕たちは不安定で拠り所のない、何を基準に生きていけばいいのかさえわからない、そんな現代に生きているのです。その不安を取り除いて、さらに良い世界にしよう!という叫びもあるにはあるのでしょうが、果たしてその叫びはこの国でうねりになるのでしょうか。 それでは写真はどこに向かえばいいのか。何を撮せばいいのか。その問いに対して、僕に言えることがあるとすれば、それはしっかり社会の動きを観察しなさい、自分が感じる不安を写しなさい、拠り所を失う前のささやか光を写しなさい、ということになるのかな、と思います。世界に生きる当事者であることは難しいことではありません。そこに居ればいいのですから。ただ、表現者であるなら、今撮らなくてはならないのはこの世界のそんなおぼろげな様なのだと思います。 六甲山やMirage Galleryで何ができるのか。この問いに対して、僕はいつも二つのことを考えています。一つは、やはりアート教育や国際交流を通してより多様な価値観を受け入れて主義主張を議論しあえるような社会にしていくこと、そしてやはり写真家が写真家のための力強いコミュニティーを自分たちの手で作り上げられるよう支援することです。コミュニティーに属さない人が独自の力で成功することは本来的で素晴らしいことです。しかし、コミュニティーがあるからこそ躍進する人たちもたくさんいるはずです。少なくとも、欧米やアジアで見聞きする写真のコミュニティーはヒーローを沢山生み出すことに成功しています。それは大きなアーティストの集団に網をかけて見張っているからに他なりません。六甲は成果を出しつつありますが、それは六甲があるからではなく、そもそも優秀な人たちがいるからで、僕はただそういう人たちを探し出す手伝いをしたいだけなのです。...

ワークショップ中級コース詳細

ワークショップ中級コースの詳細 1回目  目標の共有 このセッションでは、写真家が描いている目標地点を時間をかけて確認し、どのようなゴールを描けばいいのかを設定します。そのために、どのような写真作品を制作したいのかを、世界のいくつかの写真作品を眺めながらディッスカッションします。また、ディスカッションを行うにあたり、写真メディア・アートの持つべきいくつかの要素を明らかにし、共有します。 2回目  プロジェクトチェック 写真家の作品を講師にプレゼンテーションしていただきます。そのことにより、作品に何が足りていて何が足りないのかを、あらゆる方向から検討し、現在位置から到達できそうな目標地点をより具体的に設定します。 3回目  テーマ・ストーリー・モチーフ 現在制作している作品シリーズのテーマやストーリーを明確にします。それとは別に、宿題テーマを用いて簡単な新しいシリーズを制作する準備を行います。この新シリーズは、約1ヶ月半の制作期間で中間評価、アドバイスを行い、最終日に現在の作品シリーズとともにプレゼンテーションを行なっていただきます。 4回目  評価者の評価ポイントを知る 写真の評価は、評価者によってもその評価の仕方は異なります。しかし、多くの場合、評価される要素は「写真の方向性」「作品の広がり」「作品の強さ」など、共通しています。これらの評価ポイントを知ることはとても重要ですので、このセッションで共有します。 5回目  コンセプト化の作業 作品が平坦になってしまう原因は、多くの場合コンセプト化に失敗していることがその理由にあげられます。なぜこの作品を作ることになったのか(契機)、どういう方法で取り組むことにしたのか(方法)、誰に見せたいのか(対象)、何を伝えたいのか(コンセプト・ストーリー)をおさえれば、もうそれは立派な作品になっているはずです。このセッションでは第2回目に明らかにした不足の要素をもとに、作品の再構築の作業を行うとともに、ステートメントを作ります。 6回目  プロジェクトチェック2回目 2回目のプレゼンテーションを行なっていただきます。このセッションでは、最初にえがいた目標地点と、ワークショップ修了時の到達点を比較し、自分の作品がいかに変化したかを確認していきます。さらに、これからの写真作品づくりについて、展望をしていきます。   本ワークショップは、RAIECの杉山が講師を務めます。また、国内の写真専門家を迎えレビュー、レクチャーを受けていただく可能性があります。 杉山は、Gallery TANTO TEMPOディレクターを経て、六甲山国際写真祭ディレクター、Review Santa Feレビュワー、Angkor Photo Festivalレビュワー、Photo Lucida Critical Mass選考委員など、海外での活動を通じて広く写真家の支援を行なっています。 このワークショップから上級ワークショップと活動を深められた方は、Mirage Galleryにおいて企画展に参加できる可能性があるほか、予備審査なしで来年の六甲山国際写真祭ポートフォリオレビューへの参加を認められる可能性があります。世界に通用する写真シリーズを作りたいとお考えの方は、ぜひこの機会にご参加ください。...

10月11月期ギャラリー使用権募集受付開始

Mirage Galleryでは2017年10月期11月期に写真展開催を希望する写真家を募集しています。 期間 最大2週間 募集枠 2枠   グループ展可 使用料    最大¥132000 応募条件 過去に六甲山国際写真祭にポートフォリオレビュー参加あるいはゲスト参加したことのある方 申込期限 2017年6月25日 申込方法 コンタクトページよりお申し込みください 応募多数の場合は審査の上決定致します。審査基準、ギャラリーの使用条件についてはお申し込みに際して詳しくお知らせいたします。 まずはお気軽にお問い合わせください。  ...

Photosymposium Asiaで見聞きしたこと・話したこと

5月19日から21日にかけてマレーシア、クアラルンプールで開催された写真の教育をめぐるシンポジウムに参加してきました。 現在、日本では新しいギャラリーの立ち上げ準備中、また六甲山国際写真祭2017の準備を進めながらとバタバタとした中での訪問でした。僕としては写真教育、特に「写真家」という「職」にありつくために日本の(総意としての?)写真家達がどのような意識をもち、知恵をたくわえ、時間やお金を使うべきか、という根本的な問いかけに対して解を得るために訪れました。 3月4月とRAIECが行なった写真家意識調査についてもいろいろ話す予定で資料を作っていったのですが、データの解析方法についてある程度国際的なコンセンサスが得られた方がいいのかな、という思いもあり、多変量解析のような手法はとどめおいて、表層的な事項のみでトークを用意していました。 主催は六甲山国際写真祭でもおなじみのKuala Lumpur Photo Awardの主宰Steven Lee氏。6カ国8名の講師を迎えてのアジア初の試みだったと思いますが、いろいろ面白い知見が得られました。 まず、写真歴史研究の立場から東南アジアの150年にわたる写真史をまとめたWubin氏。この研究は英語で522ページにわたる書籍に図録入りでまとめられており、東南アジアの複雑な国家形成のプロセスをも追従しつつ、不幸な歴史をたどったカンボジアやベトナム、フィリピンなどの国家とその国々が擁した素晴らしい写真家達を縦断的に取り上げた研究ですが、1時間という時間では物足りないくらい面白い話でした。もちろん、日本軍のアジア諸国への侵攻や植民地化も写真に大きな影響を与えており、書物の中にはかなり詳しく記述があるようです。 また、写真家という職業単位において、どういう教育プロセスが作品作りやキャリア形成にどういう影響を与えたか、という視点で、フィリピン出身の写真家、エジプト出身の写真家がそれぞれの半生を作品とともに紹介してくれました。教育のみならず、事件や身の回りに起こった出来事が契機となって作品がどんどん変化していく、というプロセスの経過観察は、日本の写真家にとっても観察すべきことだと感じられました。特に、事件事故への興味、社会の変節、個人の暮らしの変化などについて、そこに重点的に意識を投入することでテーマやストーリーと向き合っている写真家は日本でも成功し始めています。その意識改革は、決して簡単なことではありませんが、とても大切なことだと実感することができたのは何より収穫だったと思います。 あと、東南アジアと環太平洋の写真集アーカイブを持つオーストラリア人の話も興味深いものでした。彼の話も、先に書いたWubin氏と同様、大学レベルの研究のプロセスで膨大な素材を分析し、分析結果から何らかの指導や教育を写真家達に提供していく、という知の共有に携わっています。誰もがそのアーカイブにアクセスでき、こちらが欲しいと要求すれば、送料程度の資金でアーカイブの一部を取り寄せることすら可能だといいます。日本国内にこういったことのできる機関があるのかは僕はしりませんが、蓄えた知を惜しげもなく教育に使える考えというのはとても大切なことだと感じました。 Angkor Photo Festivalの実行委員会の要で長年活躍したスタッフのJessica Lim氏は、シンポジウムの内容が理想論や専門知識のみへ傾倒しないように釘を刺しつつ、実際的で有用な情報を網羅することの大切さを説明してくれました。たとえば、アジアでは高等教育や写真の専門教育がなくても写真家への到達は可能であり、いかに有益で生きた情報を相手に伝えるかで解決できるのではないかという意見がありました。確かに現代は情報へのアクセスはどこの国にもさほど時間差や地域差はなく、ある程度語学ができれば知識や方法は手に入れられるのです。これは認めざるを得ませんが、日本ではどうでしょう。 僕は日本の写真教育について、専門機関の少なさや専門家・専門家外のワークショップが乱立するというような状況のなか(そもそも専門家とは誰か?という問いも含めて)、写真家がなんとかチャンスを掴もうといろいろなワークショップやレビューに参加する様子を、I am Stevenという絵巻にまとめて、先に行なったアンケートを使いながら説明を試みました。専門機関での教育は必要か?幼少時からの美術教育は必要か?レビューやワークショップの専門性や権威づけの担保はどう進めるべきか?カメラやレンズを欲しくなる写真家に対して、プリントを買ってごらんよ、とどう伝えればいいのか?などといった問いに対して、アンケートの結果を当てながら参加者や専門家達の意見を取りまとめる、という目的があったのですが、日本のような一般教育や写真水準の高い国が写真専門の教育機関が限られていることへの驚きや、成果を作りたいと考える写真家達の涙ぐましい努力については、数多くの意見をもらい活発に議論することができました。もっとも、マレーシアやシンガポールの参加者が多かった中で、日本から参加した参加者の皆さんの意見の中には語学に対する苦手意識があるとなかなか世界に踏み出せないのではないかとの意見があり、講師陣が考えさせられる一幕もありました。 Mirage Galleryで今後行うワークショップの中にそれらの議論内容が反映されると思いますが、さて、「写真教育に関するシンポジウム」というシンポジウム自体が国内で成立しうるかどうか、誰がやるべきか、などといったもやもやとした気持ちもまた生まれてきた3日間でした。...

CHAN DICK写真展”Chai Wan Fire Station”を開催します

香港在住の写真家・Chan Dickさんの表題の写真展を、新しいRAIEC MIRAGE GALLERYのこけら落とし写真展として開催します。 Chan Dickさんは2016年の六甲山国際写真祭のゲスト写真家の一人で、またポートフォリオレビューに参加した写真家です。定点観測というありきたりな設定ではありますが、消防署の中庭で繰り広げられる様々な事象をとらえたこれらの作品は、その安定した美しい絵作りによって高い完成度を誇り、秋には写真集出版とあわせ、東京でも展覧会が開催される予定です。 ぜひお楽しみに。   [vc_tabs style="horizontal"][vc_tab title="日本語" tab_id="1e63aee1-778a-3"][vc_column_text] これはすべて偶然と好奇心とで始まった。私は6~7年をワークショップで過ごしたのだが、トイレの換気扇がいつも閉まっていることに気がついた。なので、外の風景を気にとめることもなかったのだが、あるとき、この換気扇が青色の中で唸っていることがあった。そこで、私は初めて窓の外を眺めたのだ。そこでは、消防士たちがバレーボールに興じているのが見えた。トイレの窓は、Chai Wan Fire Stationに隣接しており、無限の景色が繰り広げられるのであった。集会、エンジンの清掃、子供達の訪問、バレーボールといったように。この小さな窓が好奇心の旅の新しい章を開いてくれたのだ。はじめはただ眺めていただけだったが、次第に引き込まれるようになり、目を閉じていてもその風景が浮かぶようになると、私はそれを撮影して作品にせざるをえない気持ちになった。そうして、始めてみると、もう止まらなくなっていた。[/vc_column_text][/vc_tab][vc_tab title="ENGLISH" tab_id="1e1c5495-65ee-5"][vc_column_text] It all began with serendipity and curiosity. I spent six or seven years in that workshop and the...