MIRAGE GALLERY | 六甲山国際写真祭2017フォロアップミーティング
21848
post-template-default,single,single-post,postid-21848,single-format-standard,ajax_fade,page_not_loaded,,select-theme-ver-3.8.1,wpb-js-composer js-comp-ver-5.1.1,vc_responsive

六甲山国際写真祭2017フォロアップミーティング

12月3日神戸からはじまり、12月9日東京、12月10日札幌と六甲山国際写真祭2017に参加された写真を対象にポートフォリオレビューのフォローアップミーティングを開催しました。参加された皆さま、大変お疲れ様でした。

フォローアップミーティングでは、それぞれの成果について確認するとともに、成果がなかなか得られない写真家について、その理由について分析していきました。今年はオーストラリアが招待国であり、そこから数名の写真家がオーストラリアの有力写真祭に招待されるなど、着実に成果を上げた写真家もいた一方、なかなか成果につながらず苦悩する写真家の姿も見られます。

写真は、その限定されたアクティビティーによりそこに参加する写真家の数の割にマネタイズや機会創出という意味において苦しい状況が続いています。写真祭やイベントは、国内に限らずどこも資金不足が顕著ですし、写真作家の活動は展覧会や写真集出版、写真賞応募やワークショップや写真祭のポートフォリオレビュー参加という限られた場を使い国内海外に拠点を求めるしか活動を拡張できず、他のアートに比べても狭い活動範囲しか与えられません。一般社会が写真作品に触れる機会は展覧会やアートフェアなどの活動に限られ、一般社会がアーティストを様々にサポートするような仕組みは描けていないのが実情です。当然、写真を使ってお金を得ることは難しく、商業写真や本業と両立している作家を除けばほとんどの写真家は全く写真の作品制作から収益を得られないでいます。多くの写真家は自分が写真家を名乗りながら、写真は売れないものと決め込んで諦めムードもあるようにも思えます。それにも増して、YouTubeやInstagramといったネットワーク時代の新しいメディアが巨額の広告費を背景にものすごい勢いで興隆していて、豊かなエンターテインメント性を武器にYouTuberやInstagramerといった新しいアーティスト像を確実に構造しています。カメラ産業もiPhoneなどの新しい手軽なツールにシェアを奪われていて、アーティスト支援やアートのイベントから次々に撤退していくと聞きます。写真世界はどこか取り残された町の裏通りのような寂しい状況に見えるのです。新たな写真のイベントを立ち上げる動きもあると聞きますが、相変わらず大物アーティスト依存であったり、実情に合わない地域おこしや目的意識の低いイベントが乱立するようではますます一般市民からかけ離れた、閉じて収斂する構造を後押しするようなものです。

そんな中、フォローアップミーティングでは写真のプロジェクトを結果につなげていくために必要なものは何かについて、参加者たちと議論をしてきました。今回は写真プロジェクトを細胞にみたて、コア(本来はNucleus)、エピトープ、装置(細胞質)、出力(どんな細胞か)という4つのキーワードで話してみました。写真作品にはその中核にコアとなるべきテーマやストーリーがあります。また外界に食指を伸ばすエピトープ、そして全体にまたがる装置があり、最終的な出力をどうするかということが求められます。そのテーマやストーリーは小さい限定されたものでも構いませんが、小さいと多くのオーディエンスには届きません。大きいからいいということでは決してありませんが、大きい方が影響力やインパクトにつながります。また、その伝え方としてのエピトープがたくさん発現している方がより多くのオーディエンスにめぐり合えます。特定のオーディエンスに限定した見え方をするのか、より大きな社会に向けて発信されているのかは、何らか細胞壁から突き出た突起がオーディエンスの好みの大きさや形になっているかが重要です。現代の時代に合わせた大きな絵が描ける欧米のアーティストたちに比べて国内写真家の多くはコアが小さくエピトープが見えない作品があります。また優れた先人たちのイメージに類似した作品を制作する作家もいますが、多くの場合それは競争率の高い場にチャンスを求めることになるため成功率はあまり期待できないと思われます。Review Santa FeやPhoto Lucidaなどに選ばれている写真家を眺めていくと、最近の主要なテーマは家族、コミュニティー、人権、貧困、ジェンダー、紛争、地域や歴史の再考、新しい表現といったものが多く、欧米の作家たちはその傾向から確実に結果が得られるようなテーマを選び、誰もが理解できるような絵作りをしてオーディエンスに訴えてきます。それを考えると、思いつきや手探りのコアや装置をあてて作品を作ることがいかにパフォーマンスが悪いか、誰にでもわかると思います。

ただ、どんな小さなコアであっても取り掛かった仕事を納得がいくまで追求することができる日本人写真家はある意味素晴らしいと思います。世界とは、そういった小さなコアを積み重ねてできる集合知のようなものだし、小さなコアが抜け落ち目標を達成するためだけに大きなものばかりを追求する世界もまた無意味とも言えます。時間とお金をつぎ込んでも、結局プロジェクトとしてどこかに売れて行かない限り報われないことには変わりはありません。

コアの大きさや装置の新しさや強さ、最終的な作品出力の質を武器に、機会を与えてくれるポートフォリオレビューなどのイベントで機会を得ることが可能なことは六甲山国際写真祭のこれまでの成果をみていると明らかです。写真に携わるアーティストにとって厳しい状況には変わりはないでしょうが、フォローアップミーティングで話した写真の厳しい状況を踏まえて、これまで作って来た作品を磨き、新しい作品つくりに邁進していっていただきたいと思います。YouTubeやInstagramにはない写真のストイックさは、弱点ばかりではありません。

札幌では第2部から参加された何名かの簡単なレビューを行いましたが、ユニークな作品を作っている作家や上質の絵作りのできる写真家と会うことができました。神戸、東京と札幌と駆け回った今回のフォローアップでしたが、写真で何ができるのか、というテーマで新しいエンターテインメント性のある仕掛けなどのヒントを得られたのも有意義でした。

 

 

Tags:

takeki